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2018年5月20日日曜日

アメフト

このブログはプラハ時間の5月19日、9時ごろに書いております。

日本では日大のアメフト部の話題、悪い話題で持ちあがりです。
私も高校時代、プライベートチーム、社会人や大学生に交じってプレイしていたのでアメフト経験者です。

私はオフェンスのラインだったのですが、ボールを持っていないのに試合中に斜め45度から膝下へのタックルを喰らったことがあります。その際の激痛はトップ3に入る激痛でした。

アメフトの場合、全員がヘルメットをしており、顔はほぼ認識できません。しかも倒されて、やっと立ち上がった時には相手の選手はその場におらずで、誰がタックルしてきたかも確認できず。勿論25年以上前なのでビデオで撮影している人もおらず。

私にタックルを喰らわせて来た選手は自分の意志で喰らわせたのだろうが、監督の指示でやれと言ったら日本ではやらざる負えない。しかもアマチュア、さらに学生の場合は猶更。日本は第二次世界大戦後、戦争放棄をしたのですが一般生活に軍国主義時代の名残が多く残っております。朝の朝礼、行進、運動会、選手宣誓、ラジオ体操など。 特にスポーツの世界では色濃く残っており、監督は天皇、先輩は上官と言う縦社会です。軍隊経験者でないのに二列縦隊で歩けるのも日本人。欧米人には無理です。

日大アメフト部と言えば関東の雄、日本でも屈指の実力ですが、これでイメージダウンは免れない。元監督の篠竹氏がショットガンを駆使しましたが、ショットガンもNFLでは正直3ダウンの際にしかやらないプレイ。しかも3ダウン&10でやるプレイ。

ここは監督も責任を取って辞任でしょう。

2018年3月20日火曜日

部活

高校時代、学校の部活はやっておりませんでした。大学も一切サークルに属さず。

 高校の一年の冬に中学の同級生で、近所に住むM君に誘われ、アメフトをやり始めます。元々ニューヨークに住んでいた時代に小学校の休み時間にタッチフットボールをやっておりましたし、野球よりアメフトに興味があったので。

M君は既に光が丘公園で毎週日曜日に社会人や大学生が参加しているプライベートチームでプレイをしており(彼はQBでした)、そこに私も参加することに。この時社会人や大学生と交わり、しかも既にバイトもしていたので接するのが年上ばかり、その為か日常会話が必然的に敬語に。ポジションは身長が180センチ以上あり、90キロ台後半だったのでセンター(QBにボールを出す人)から始まり、オフェンスディフェンスのライン(ぶつかるだけ。試合でほぼ絶対ボールに触れないポジション)でした。しょっちゅう痣だらけになり、半そでのシャツで通学しているときは周りの乗客にじろじろ見られたものです。因みにニューヨーク時代はQBでした(笑)。

アメフトの試合では米軍横田基地にも行きました。年齢の関係で出場できませんでしたが、チームは米軍相手にぼろ負け。その際久々に米国人相手に英語が使え、基地内のバーガーキングに行った覚えがございます。その際日本円で払ったのですが、米ドルもOKでした。

受験を控えた高校3年の春にはアメフトも辞めました。そういえばあの時の人たちはどうしているのか?M君ともその後疎遠に。

今、公立高校、特に神奈川県の県立高校が部活動は週5回になってしまうという話が出ております。記事ではこれでは私立と差が広がるばかり、高校生の夢を奪うな、と書いてありましたが、私は違う意見です。

毎日朝練から夜遅くまで練習している部員は必ず全国制覇できますか?そして世界制覇もできますか?プラハに来てみて感じたのはスポーツを楽しんでいる点と、ガチでやっている選手はどこかのクラブに属しており、それは学校ではありません。

世界大学野球選手権でも日本や米国は大学のチームに属する学生ですが、チェコの場合、チェコ代表はどこかのアマチュアチームに属するチェコ人学生です。そのチームには他の大学の学生もおれば社会人もいる。高校生でもどこかの外部のチームに属しております。

野球だと学校単位の日本もサッカーとなるとJリーグのユースチームに属するのもいる。従って高校サッカーが頂点でもない。

正直全国制覇を狙いたい学生は強豪私立に行けば良いし、公立に行くのなら自主練をすれば良い。ジムに通ってトレーニングもできるのですから。その代り部活の無い時間に勉強や他の習い事に費やした方が私は有意義だと思います。日本の野球選手はもうちょっと英語ができたらもっとメジャーで成功すると思います。でも、野球漬けの強豪私立では英語は身に付かない。

明けましておめでとうございます

遅くなりましたが明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願いします。 昨年の12月13日から1月13日まで日本に一時帰国しておりました。 今回は帰省と仕事の両方でしたがあっという間の1か月でした。  今回のポイントは初の種子島訪問でした。