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2018年8月3日金曜日

蜂谷真由美


この動画を拝見したのですが、いくつかの疑問点があります。

  1. 大韓航空機を爆破の任務を伝える男性。途中で退室するのですが、一切紹介されない。かなりの大物だと想像が可能だが、名前が分からないのなら適当に紹介もできたはず。
  2. ブダペストからウィーンに行く際の国境。運転手も北朝鮮の工作員だが、彼は北朝鮮の旅券らしいものを見せていた。どう考えても北朝鮮人と日本人が同じ車に乗車しているのはおかしい。
  3.  オーストリアに入国し、航空券を買うのだが、正直ブダペストで北朝鮮へ帰還するアブダビ~アンマン~ローマの航空券を何故に買わなかったのか。偽造旅券で搭乗するからだろうが同一名で購入は危険だと思われる。
  4. 一番怪しまれないのはバグダッドからソウルへの航空券を買うこと。給油地で降りるよりそのまま搭乗していたように見せたほうが良かった気もする。北朝鮮なら工作員が乗って爆破させることは平気でしそう。それなのに服毒用の毒薬を渡されている。
  5.  特殊な電池とはなんなのか?そんな大事な任務なら予備の電池も何故に受け取らない。電池自体が爆発物なのか?
  6. ラジオの電池が一度没収されたのなら何故に次は対策をしない。
  7. モスクワからブダペストまで飛ぶのだが、平壌の飛行機はモスクワ経由の東ドイツ(東ベルリン?)行き。何故にブダペストに行こうとしたのか?ブダペストに飛ばないといけないのなら何故に事前に予定の航空券を手配していなかったのか。
  8. ウィーンからベオグラードに飛ぶのだが、ここでは日本の旅券を使ったはず。しかし、当時のユーゴスラビアは共産圏であり、日本人はビザは必要だったのでは。
  9. 工作員の課長とベオグラードのホテルで再会するのだが、これは必要だったのだろうか?ウィーンからバグダッドへ直接飛んでもいいのでは?そしてイラクへのビザは不要だったのか?ベオグラードに寄る理由はラジオと液体の爆発物を受け取ることですが、液体爆発物はベオグラードで入手したことになる。外交官特権を使いたいのなら課長もアブダビまで飛んだ方が良いはず。
  10. バーレーンを選んだ理由は何故なのか。その前にイランイラク戦争真っただ中のイラクを何故に選んだのか?欧州発ソウル行はあるだろうし、それも南回りで中東を経由するだろうからそれに乗り、中東の給油地で降りたほうが成功すると思うんですよね。バグダッドで一泊した形跡もないのならベオグラードからの行き先はバーレーンの筈。それなのにわざわざ面倒なルートで飛んでおり逆に怪しまれる。
  11.  モスクワで数日滞在し、中東情勢を調査するということだが、何故に事前に北朝鮮を出発する前に調べない。そして調査もモスクワではなく、ベオグラードでもブダペストでもできたのではないのか。
  12. 工作員の課長と再合流ポイントは西側のローマ。爆破の後だけに仲間の共産圏に逃げ込んだ方が良いはず。
  13. 流石に親子がダブルの部屋で寝るのはおかしい。親子が一緒の部屋に泊まるのを知っているのならツインの部屋にするべきだ。 
  14. 航空券の支払いが何故か現地通貨ではなく米ドル。当時の航空券は格安航空券とかないだろうから料金に差はない筈なのでウィーンで安い航空券を探しまわる必要はないはず。それに資金が足りないのなら課長に連絡すればいいはず。
  15. バーレーンに到着し、ホテルへ電話しようとしているが何故に泊まるホテルの電話番号を知っているのか。もともと行く予定がないのだから何も知らない筈。ベオグラードのホテルもウィーンで予約している。偽装ならバーレーンのホテルもウィーンで予約しておくべきなのでは?ホテルが取れたのなら航空券も取れそうだが…
  16. 軍資金はバーレーンでもまだあったのか?
  17. 日曜日で旅行会社が休みだと思っても空港でどうにかしようと何故しない。
  18. バーレーン秘密警察に確保されたのに簡単に服毒自殺できたこと。普通は持ち物を没収するはず。
  19. バーレーンのホテルの部屋を訪ねる韓国の大使代理。こういう任務を大使自ら単独でやるとは思えないし、英語が下手なのも驚き。
  20. バーレーンから逃げられてもローマで逮捕される可能性がある。大使館員が来た時点で服毒自殺を何故しない。
  21. 偽造の旅券なのに旅券番号を言ってしまう。ホテルの従業員に恫喝できるのなら何故に大使館の者に「君は本当に大使館の人間か?」と恫喝しないのか?
  22. 最後は中国人だとしようとしたこと。日本人のままでもいい筈。中国語の教育はどうしたのかも疑問ですし、北朝鮮が中国に迷惑をかける行為もしないと思われる。 
  23. 乾電池が持ち込めないこと。ベオグラードとバクダッドで止められているのなら何故に事前に知らないのか。しかも乾電池だけ預かるというのも不思議なんですよ。ラジオごと預かると思うんですよね。
  24. 北朝鮮の大使館に電話しているのに「ナカムラさん」で呼び出す行為。電話番号は暗号化させるのにナカムラさんとは・・・・
とこれだけおかしい点がいくつもあります。このおかしさは9/11と同じなんですよね。本当に北朝鮮が仕組んだのか?

そして再現ドラマのずさんな点はブダペストの工作員の髪型。
中東なのにどう見ても白人の係員。特にイスラムのイラクで女性の保安員という設定は…

やはり最大の疑問は何故にモスクワからブダペストまでの航空券を事前に手配していなかったのか?作戦実行の時点でモスクワの工作員が手配できたはず。 あと課長もウィーンに行く必要はなかったはず。彼はベオグラードに直接行けば良い。それに課長はその後同行しない。

最高指導者のために爆破をし、何人も殺すのに自国の工作員は生かそうとする。これも理解できないんですよね。強制収容所とかがあり、死刑もある国なのにです。

最後に。

何故に蜂谷真由美なのか。もともとの持ち主が蜂谷真由美さんならいざ知らず、完全なる偽造旅券なら何故にこの名前を選択したのか????

蜂谷という名前、この事件の前も後も出会ったことはありません。

2018年4月13日金曜日

諜報活動

日本の刑法では有罪なら死刑の判決が出る犯罪が決まっております。


例えば窃盗を500件犯そうが被告は死刑にはなりません。 しかし、外患誘致罪(外国を助け、日本に攻め込ませた場合や武力行使があった際に外国に加担する)は死刑です。まあ、非国民、売国奴だからこれは当然でしょう。どこの国もスパイ活動には厳しい刑罰があります。直接は誰一人も殺していないのにナチスドイツのスパイは英国で逮捕され、裁判を経て、即処刑。この際ダブルエージェント、二重スパイになったのなら処刑を免れたそうです。

日本ではソ連のスパイとしてゾルゲが有名ですが、彼も特高警察によって逮捕され、彼の日本での同志も芋づる式に逮捕されていきました。その中には日本政府に近い日本人もおりました。

ゾルゲはナチス党員でもある、ドイツの新聞社の東京特派員として東京のドイツ大使館に入り込み、当時のドイツ大使と親密になります。今ならかなり厳しいバックグラウンドチェックをするのだろうが、当時はコンピューターがないので難しいでしょうね。ドイツ大使の親友になり、大使館内を自由に出入りします。しかもドイツ大使館お墨付きなら同盟国の日本の情報も得やすい。

まあ、実際はソ連の対独戦などの情報を得るために敢えて日本に着任したという話もあります。スパイを本国に送り込むより、第三国の方が入り込みやすいでしょうし。これは日本に居てはなかなか外務省の人間と接することは民間企業の社員だとないですが、海外にいるとその現地の大使館員と接することがあります。場合によっては大使と話せる機会もあります。

日本も戦時中は独自で中国・東南アジアなどでスパイ活動を しておりました。しかし、日本の場合、まさか日本人が外国と手を組むとは思っていないので防諜に関しては後手に回っていました。日本人の弱点として先進国の白人外国人に弱いことです。

大使館を設置した場合、現地職員の募集もするのですが、ここが要注意です。大使館が設置される国の多くが自国の息のかかった人物を大使館に送り込もうとします。国家機関の誘導なので履歴書や身分証明書の改ざんなどイチコロ。

スパイの多くが「まさか!あの人に限ってそれはない!」という人物ばかり。
尚、第二次大戦中は中立国や戦場とは程遠い第三国での諜報活動も多ければ、第三国の人物をスパイにする場合も多かったそうです。

米国と交戦中の日本が日本人を米国に送り込めないが、中立国などの第三国の人物を日本のスパイとして送り込むのはたやすい。逆にこの人物に全く日本の匂いがしない方が良いのである。

因みにその国の国民として送り込まれたスパイの多くが日常生活でスパイだと露呈しまったそうです。北朝鮮の金賢姫も日本の偽造パスポートを持っていましたが、入浴中にわざと熱いお湯を流し、本人の口からとっさに出たのが朝鮮語という都市伝説もあります(日本のテレビメーカーを知らなかった話も)。完全にその国の人物になりきるというのはやはり難しいですよね。

尚、未だに不思議なのが何故に偽造パスポートの氏名が蜂谷真由美だったのか?正直蜂谷っていう方に遭遇したことは一度もない。実際に存在した人物なのか?それとも適当に命名したのか?

これも金賢姫に日本語を教えた拉致被害者の抵抗だったのかもしれませんね。

明けましておめでとうございます

遅くなりましたが明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願いします。 昨年の12月13日から1月13日まで日本に一時帰国しておりました。 今回は帰省と仕事の両方でしたがあっという間の1か月でした。  今回のポイントは初の種子島訪問でした。