2018年5月15日火曜日

ロンドン⑨

ロンドンの帝国戦争博物館に行った際の続きです。

三菱零式艦上戦闘機
三菱零式艦上戦闘機(Mitsubishi A6M)。日本で一番有名なレシプロ戦闘機でしょう。通称ゼロ戦。第二次世界大戦前から終戦まで日本で一番生産された飛行機。採用された1940年が皇紀2600年だったので零式と命名。尚、中島飛行機(現在のスバル)もライセンス生産しており、こちらはMitsubishi A6Nになります。

当時としては画期な20ミリ機銃を装備。航続距離も長く、機動性に優れた第二次世界大戦の名機のひとつですが、戦争末期には多くが神風特別攻撃隊として出撃。

尚、艦上戦闘機ということで空母から発進します。真珠湾攻撃の際は九七式艦上攻撃機と一緒に出撃。真珠湾基地から発進する米国戦闘機との空中戦を想定。

あまりにも性能が良かったので連合軍は戦争初期にはゼロ戦とのドッグファイトを避けろと言われていたらしいです。その後米軍はムスタングやヘルキャットなどの戦闘機を開発し、ゼロ戦以上の戦闘能力を発揮しますが、これは機体の性能よりパイロットの腕の違いだとも言われております。

日本軍はパイロットの育成より特攻をさせ、最終的には経験の少ないパイロットにも特攻を命令。その点米軍はパイロットを大事にし、育成にも力を入れておりました。どうも日本軍は機体と同じく、パイロットも生産すれば良いという考えだったみたいですね。

陸軍が後継の戦闘機を開発する中、海軍は後継機の開発がなかなか進まず1944年にやっと紫電改を投入します。紫電改がもっと早く開発され、運用され、パイロットの育成もしっかりとし、理不尽な特攻をしなければ戦局は違っていたでしょう。

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明けましておめでとうございます

遅くなりましたが明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願いします。 昨年の12月13日から1月13日まで日本に一時帰国しておりました。 今回は帰省と仕事の両方でしたがあっという間の1か月でした。  今回のポイントは初の種子島訪問でした。